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兄弟小川へのインタビュー(2010年3月)

3年に一度の休暇で帰国した兄弟小川 満にブラジルでの宣教について語ってもらいました。

1970年代末にブラジルに行かれましたが当時と今では状況も変化したと思いますがいかがですか?

clip_image002小川:日本から向こうに行った当時は、赤貧洗うごとくの人々も多く見かけましたが、経済成長している現在、生活水準は少しだけよくなったように見えます。でも、ブラジルは、給与所得が上がらない代わり、生活必需品の値上げが押さえられている。反面、電化製品、車などの値上がり幅は高く、庶民に手が出ない。つまりトータルするとインフレなんですね。また、一部の富裕層の利益は大きく伸びているのに、貧困層の生活は変わらない。ストリートチルドレンも地方都市でも減少している気配がない。国や大企業、資産家が潤っているが貧困層は生活苦という図式は変わりませんね。

司牧について日本と比べていかがですか?

小川:信徒養成に時間が割かれますね。たとえば聖体奉仕者は、教区で行われる神学講座で数年かけて養成します。司教から任命書をもらって、ミサでの聖体奉仕ができるようになってそれでおしまいではなく、そのあとのケアが必要です。間違いもあるし、理解の仕方も一人ひとり違う、継続養成が必要なのですね。カテキスタについても同様です。教区だけで数百人のカテキスタがいます。教区の養成講座で各小教区から10人から20人参加しますから、全教区の小教区チャペルから集まると数百人になるわけです。その人たちも養成講座が終わったらすぐに何でもできるのではなく、聖書、典礼、神学など足りない部分の養成は各小教区の司牧者が行うので、小教区と周辺のチャペルを回ると時間が足りなくなるわけです。

それだけの奉仕者などを育てるのは大変ですね。小教区の運営は日本と違うのですか? ブラジルは教会維持費がないのですよね?

小川:いいえ、それは昔の話です。今は都市も地方の教会も維持費はあります。よく、滞日ブラジル人に「ブラジルには維持費がない」といわれ、維持費を拒否されるということも聞きます。アマゾンなどの地域なら別でしょうが、今ブラジルでもそんなことはないです。ブラジルはフェスタといって教会の大きなお祝いがあります。昔はそこでバザーや、ビンゴをしたり、抽選券を売ったりして教会の運営資金を稼いだものでした。しかし、それではお祭りのときだけ奉仕して、それ以外のときは自分たちの教会を維持しようという意識も育たないことから、最近はブラジルでも指導するようになり、意識は少しずつ変わってきています。

宣教師になってよかったですか?

小川:向こうに行ったばかりのとき、言葉もわからないけれど、彼らとともに働き、生きる中で、彼らを理解できるようになると、お互いに理解が深まり、自分の中でも世界が広がることを感じるようになると宣教も楽しくなってきます。ブラジルに行けて幸せだった、宣教師になって幸せだと感じます。

ブラジルからの便り

平和と善!

clip_image002十一月も半ばをすぎ、軒先をこえて北側の窓から室内に射しこんでいた日向も出窓の外に去り、逆に南側の地面にうつる建物の影が日増しに狭くなってきています。太陽が南回帰線に向かって、ドゥラードス市の真上を通過しつつあるのです。十二月初旬には私たちの頭を真上から照らすことになります。

それにともなって日中の気温がグングン上がりはじめています。この月初めには40度をこえる日が続き、私の寝室内の温度計も夕方にもかかわらず34度をマークし眠れない夜が続きました。

蒸し暑さのために真夜中に目が覚めるので、クーラーのスイッチを入れ、涼しい風が直接体に当たるように扇風機をセットしてようやく寝ることができました。贅沢なようですが、翌朝、暑さに疲れた体で目を覚まし、日中十分に働けないよりは、少しの贅沢で快適に働くことができるほうが、精神的にも健康でいられると思い、クーラーを使っています。

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ところで教会独自の典礼暦も終わりに近づき、日曜日の朗読も終末の色が濃くなってきました。月末には待降節が始まります。信者のみな様がたも幼児イエスのご誕生をふさわしく祝うために心身の準備に余念がないことと思います。

今年はわたしの休暇帰国の年になりますので、航空券の手配をはじめています。クリスマスと聖家族の日を祝ってすぐブラジルを発つつもりでいます。12月28日夜中(月曜日=ブラジル時間)のJAL機です。

日本には12月30日午後7時30分に旭川に着く予定です。滞日中はできるだけ寒い北海道に留まることを考えていますが、今年定年をむかえたので年金の手続きなどのために東京に出向かなくてはならず、そんな時、連絡もせずに、突然の訪問になる共同体もあるかと思いますがどうぞご理解ください。

よい待降節と主のご降誕をお迎えできるよう祈りいたします。あわせて新年のご多幸を祈ります。

Frei Tito 小川 ofm

新しいクララ会修道院がドゥラードス市に!

平和と善!

少し遅れましたが、うれしいニュースをお伝えいたします。 

修道院外観8月9日(日曜日)。ブラ ジルでは21番目となる観想クララ会の祝別式が地元司教Dom Redovino Rizzardo cs(5年前に六本木で日本語を勉強していたニュネス・リベイロ神父の同級生)の司式で荘厳に執り行われました。 サン・パウロ管区のホームページによりますと、ブラジルの観想クララ会としては21番目の修道院で、ブラジルではこの一年間で、5つの新しい観想クララ会が開かれたそうです。

新規開院した他の4つの修道院には各々7名ずつのクラリッサス(Clarissas)が配属されていますが、ここドゥラードスの修院には6名がパイオニアとして派遣されました。そのうちの一人は以前私が働いたことのあるイタポラン市出身者です。ブラジ最初の6名の姉妹達ル全土では現在282名のクラリッサスがいるのだそうです。

また、この祝別式で司教から発表されたニュースでは、ここドゥラ ードス市周辺からすでに6名の志願者が入会を希望しているとのこと、うちの一人は私の受け持ち地区のカテキスタです。うれしい限りです。神に感謝! 聖クララのご保護がこの修道院にありますように!
 

十字架の祝別なお、この修道院は、司教の希望で始められ、日本のマンフレッド神父さんの同級生、Frei Bernardo (ベルナールド)が奔走して、地元の信者たちの協力と、ドイツの教会や管区、信者たちの援助を受けて、3年がかりで完成しました。

祝別式当日は、朝から町全体が深い霧に包まれ、私が家を出たときには、小雨が激しく振っていましたが、式場に到着した時には激しい風が吹き荒れ、すべての霧と雲がきれいに掃き清められ、式の間中はすがすがしい風が吹き、テントの外で式に参列した人たちも心地よく祈れたようです。

6名のクラリッサスの名前が一人ずつ呼ばれ、教皇禁域(Clausura Papal)に入った ころには、うっすらとした雲がかかり始め、午後には雨が降り始めました。あたかも 聖クララがこの式典を祝福していたかのような天気の一日でした。 チャペル内祭壇

2009年8月19日
ドゥラードス市にて
Frei Tito 小川 ofm

猛暑のブラジルから

image平和と善! 
  日本からのニュースでは、桜前線のニュースがさかん報じられているようですが、 みなさまいかがお過ごしでしょうか。
   先週、北マット・グロッソ州の州都クヤバー市(以前お送りした人類はアマゾンを食いつぶしていますの報告にも何度か触れた町)で働く兄弟たちからE-Mail と写真を受け取りました。気温が53℃に達したとのこと。その時、ここドゥラードス市では45℃をマーク。
  私の寝室では 夕方05:00の気温が34℃。扇風機の強さを最強にして、裸の身体に直に風を送っても、汗が際image限なく流れ出てきて、眠れる状態ではありませんでした。 朝、目が覚めても体は疲れた状態で起きるので、気が滅入ってしまします。

北海道の零下の世界が恋しい時期です。写真を見て、驚愕してください。 

2009年3月19日 マリアの夫聖ヨゼフの祝日に
ドゥラードス市にて
Frei Tito 小川 ofm

兄弟小川満 ブラジルから近況報告

平和と善 !

北海道から初雪の便りが聞かれるようになりました。皆さんにはその後おかわりなくお過ごしのことと思い、神に感謝いたします。

先週(10月27‐31日)、私達は本部修道院に缶詰となり、管区会議がおこなわれました。

今年は分管区長と評議委員の選挙が行われる年で、この会議には海外で働く兄弟以外は全員が参加しました。

会議の最大の関心事はもちろん選挙でした。 有権者(荘厳誓願者=平均年齢65歳)39人の投票により若干45歳の分管区長が選ばれました。6年前の分管区長も39歳で選ばれています 30年前私がブラジルに来た時、彼らは志願者でした。隔世の感を感じるとともに自分の年齢を思い知らされる感じです。

他に、評議員最高齢者が 53歳。 最高得票を獲得した評議委員は34歳で司祭叙階2年目という若さです。新役員(正副分管区長、4人の評議委員)の平均年齢が42歳という若々しさです。彼らの今後の活躍に、みんなの期待が集まっています。

他に、二年前に新しく開いたミッション(解放の神学の発祥の地)から報告があり、以前私が報告した『人類はアマゾンを食いつぶしています』がそのまま当てはまる報告がなされました。三人の兄弟が働く町では、フリーメーソンが支配しており、市長、警察署長、裁判官達がフリーメーソンで、法による正義は存在しないとの事。実に金を持っている者が権力を握り、権力を持つ者の意思が正義だそうです。アメリカの西部劇そのものの感じですが、西部劇映画はきれいすぎます。無垢の、無実で小さな人たちの命が蚊や蟻んこのように扱われているのだそうです。資本力のある者がアマゾンの自然を自分の欲望を達成するために破壊し、大豆や燃料になるアルコールを生産し、何の罪の意識を感じることなく、逆に「アマゾンの木を食べることはできないが、大豆やアルコールは労働者を養いその家族を生かしている」と主張し、自分達の行動を正当化するのです。外国企業と手を結んでいるこれらの企業家達はその労働者を奴隷のように働かせているのです。そんな社会でキリスト教共同体など形成できないのが現実のようです。ブラジルではそんな社会を原始資本主義社会と呼んでいます。でもそんな社会だからこそキリストの福音の浸透が必要なのも事実です。キリスト者としての自分達の無力を恥じ入るばかりです。

40数年前、解放の神学の揺籃期に、自分の司牧区を神学者達に開放し、彼らと一緒に住民ともに歩んだカサルダーリガ司教は今も土埃の舞う国道を旧式のカブトムシ車で走り回り、車が故障すれば道端に駐車させ、通りかかった農民の馬車で地方の家庭を訪問しているそうです。

欧州の発達した資本主義の繁栄の中での教会の舵取りだけを考えて、解放の神学を断罪し握りつぶされたお方々はこんな下々の者達の苦しみなどご存じないのでしょうし、また知りたくもないのが現実なのかもしれません。ミッションで働く宣教師達の報告を聞いてそんな感想を持ちました。

2008年11月3日 ドゥラードス市にて

Frei Tito 小川 ofm

兄弟小川満 ブラジル日本移民100周年報告 8月29日号

平和と善!

ずいぶんと遅れてしまいましたが、ドゥラードス市とカンポ・グランデ市で行われた日本移民百周年記念の模様をご報告したいと思います。

先ずは地元のドゥラードス市での記念祭ですが、市議会が旧日本人会館の傍の道路の一丁分を全改造して、日本公園の形にしました。道路の両側には大きな赤い鳥居を立て、会館脇の鳥居のそばには石碑に百周年記念の文字を日本語で彫り、設置しました。

clip_image0026月15日の日曜日には、ドゥラードス地方の日本人会9支部による連合会が主催し、司教の司式によるミサが盛大に挙行されました。もちろん私も呼ばれ、司教の横に神妙に侍って司教ミサに奉仕しました。主催者側の説明によりますと、日本人、日系人、政治家を含めて1.500人の人に招待状を発送してあるとのことで、当日は朝から凍えるような寒さにもかかわらず、会場となった新日本人会館が満杯になるほどの人が参列しました。

ミサの後には、開拓先亡者慰霊追悼式を私が先導して行いました。この追悼式は毎年私が行っているので地元の人たちも慣れた要領でお線香を捧げていました。clip_image002[5]

ここで一つ特記しておきたいこと: 私はこの前日、『いつくしみ深き』とか『主よみもとに』、『また会う日まで』などの賛美歌をそれぞれ三声の楽器編成でキーボードにプログラムしておき、当日は祈りのかたわらキーボードを自動演奏させ、カラオケよろしくマイク片手に美声を発揮し、生放送で中継していた教区のラジオ局のスタッフを仰天させました。(ただの自慢話です。悪しからず。) 【写真 5 6】

州都のカンポ・グランデでは教会の中に 明の星会と呼ばれるグループと日伯司牧協会の下部グループがあり、どちらもほとんど同じメンバーで構成されていますが、この二つのグループが頑張って百年祭を企画しました。記念ミサと祝賀会が二度計画されました。

ひとつは、カンポ・グランデ大司教区創立50周年記念と併せて大司教が司式し、日系人の多く参加している小教区で百年祭のミサが捧げられました。もちろん私も大司教の侍者を勤めました。このミサには、大司教のほか日系人の司牧担当を任されているブラジル人司祭、横浜教区に4年間派遣されていたブラジル人司祭、一昨年叙階された日系3世の司祭も共同司式し、明の星会が製作したすばらしくきれいなストラを記念としていただきました。

clip_image002[7]移民祭当日(6月18日)には、日本司教団代表で沖縄からブラジルに来ていた押川司教様の「どうしてもカンポ・グランデを訪問したい」との希望で、司教様をお迎えして日本語によるミサを盛大にいたしました。

両都市の百年祭を総括して:今回ほど日本人移民と日系人子孫とが強く一致して事にあたった催し事はかつてありませんでした。いつもは日系子孫に不満足を表明している移民一世も、この日ばかりは若い日系人達のバイタリティーに脱帽したようです。ドゥラードス地方は第二次大戦後初の移民が入植した地区なので、一世移民はそれ程老齢化しているわけではありませんが、実際にブラジル社会で活発に活動し、認められているのは若い二世・三世の人たちです。そして三世になれば、外形から日系人と呼ばれていても、その発想、行動はもうブラジル人そのものです。一世の移民たちがどんなに自分達の子孫に日本人的な物の考え方や行動様式を強いても、ここはブラジルなのですから、それは無理と言うものだと子孫の居ない私は割り切って考えていますが、一世移民には自分の息子達、孫達という意識があるのでしょう、日本人的な発想や行動を要求しがちなのです。

しかし今回の百年祭を盛大にきっちりと成功させた両都市の日系子孫達にはかけ引きなしの拍手を送りたいです。

一世移民もこの際、いさぎよく自分たちの子孫に日系社会での活躍の場と地位を譲ってもいい時期ではないかと思います。

ひるがえって考えてみれば、日本にいるブラジルからの出稼ぎの人たちも、もう三世代目に入っていると聞きます。出稼ぎ一世は日系ブラジル人でも、日本で生まれたり、幼少時に両親と一緒に日本に行った若者達は、非常に複雑な心理状態を抱えていますが、二つの文化を持ったダブルの日本人なのです(ハーフではありません)。日本の教会で主任司祭をしたり、助任で活躍している日本管区のフランシスコ会員にお願いします。すべてをブラジルからの司牧者に任せるのではなく、ご自分でご自分の小教区に積極的にこれらの日系ブラジル人を受け入れてください。

外国籍の信者数が日本人信者数を上回っていると聞きます。そして、たいした理由もなくこれら外国籍の信者達を受け入れない主任も居ると聞きます。中にはあからさまな差別待遇をする主任も居るとのこと。とんでもない主任です。十年先を考えてください。何人の日本人信者があなたの教会に生き残っていますか。外国籍の信者の助けを借りなければ教会の運営も立ち行かなくなっているのが日本の教会の現状ではないでしょうか。

以前はフランシスコ会が開拓し育てたにもかかわらず、現在は他の修道会や教区に明け渡した教会が、外国籍の信者で以前よりも活発になった教会が沢山あると聞いています。とくに長野や群馬などの教会はどうなっていますか。

ここは一発奮起して将来のために自分の教会に外国籍の信者にも席を空けてください。とくにブラジルからの信者の中にはブラジルの教会でカテキスタとして活躍していた人、幼少年の司牧を受け持っていた人、青年会で活躍していた若者達が少なくありません。そんな人たちを、数が少なくなっていく日本の教会から遠ざけておく理由はひとつもないではありませんか。あなたの教会の中に活動の場を提供してあげてください。必ず日本の教会の活動の原動力となることでしょう。

2008年8月5日 ドゥラードス市、 mifratito@douranet.com.br

ブラジルからのニュース

以前お送りした『人類はアマゾンを食いつぶしています』の中で註を加えて説明しましたが、2005年2月12日にガンマン(殺し屋)たちから6発の銃弾を浴びせられ殺害された伯国に帰化したアメリカ生れの修道女ドロシーの第二審裁判が5月6日に行われ、殺害を命じたとされる農場主に第一審(30年の禁固刑を受けた)を完全に覆す無罪判決が下されました。  

実行犯の二人の殺し屋は、昨年5月に行われた第一審で、農場主の関与を供述し、また、殺し屋達の妻達も報奨金を半分受け取っているのを目撃し、それを証言していたので、30年の禁固刑の判決を受けていたにもかかわらず、今回の第二審では、実行犯二人が「自分達だけで実行した」と供述を変えただけで、殺害を命じた農場主が無罪となり、政府関係者、最高裁判事、環境保護や人権擁護団体のメンバー、宗教関係者、地域農民達を驚かせています。

この裁判を傍聴するために米国から駆けつけた修道女の兄弟デヴィッド氏は「米国の関係者になんと報告すればよいのか」と落胆の色を隠せないでいます。

この判決で、環境保護や人権活動を行っている人たちの命への危険が高まり、さらなる犯罪、殺人が正当化されることへの懸念が 高まっています。

2008年5月13日 ドゥラードス市にて
Frei Tito 小川 

フルダ管区ブラジル宣教70周年

4月27日(日曜日)、フランシスカン フルダ管区 マット・グロッソ州での宣教開始 70周年記念祭が行われました。 20080429

日曜日の午前9時に行われましたので、ブラジルにいるすべてのフルダ管区の兄弟達やブラジル人の兄弟達が参加出来たわけではありませんが、この地方で現在働いているドイツ人兄弟達(マンフレッド神父様の同級生、ドミニコ神父様の同期生等)や神学生達が、宣教開始の地 リオ・ブリリヤンテ市の教会に集まり盛大なミサが、司教の司式で執り行われました。

北海道は100年を祝いましたが、ブラジルは70年です。そのうち、ここの管区のブラジル人の兄弟宣教師が日本へ行く日も来ることでしょう。そんな日を夢見て自分を奮い立たせています。

2008年4月28日 ドゥラードス市にて
Frei Tito 小川  ofm.

ブラジルから近況報告

平和と善

clip_image002[4]二月になり、屋根のひさしを越えて、少しずつ北側の窓を通して午後の日差しが部屋に差し込むようになりました。太陽が南回帰線から回帰してドゥラードス市の上空を通過し、北に向かっているのです。一年に二度、十二月上旬と一月上旬に太陽が頭上を通過します。そんな時期の正午には、まっすぐ伸びたやしの木や電柱の影が地面からなくなります。赤道と南回帰線にはさまれた南国に生活していることを本当に実感する瞬間ですが、日中の気温が四十度を超えるのにはあいかわらず閉口しています。

昨日(灰の水曜日)は大斎、小斎でした。それにこの暑さ。午後四時の病人のためのミサ。午後七時と八時には二つのチャペルでのミサ。いずれも教会は三百人以上の信者で超満員。そして灰の式。七時のミサの途中では、夕方にもかかわらず日中から続く残暑と脱水症状で、失神しそうになりました。自分の年と身体の限界を感じ、それを認めなければならない時期に来ているのでしょう。それに、やはり私には零下の気温の世界が向いているようです。

ところで、昨年の暮れは四つの共同体での初聖体とそこから派生する諸問題(子供の洗礼や両親を含めての告白の秘蹟etc.)で超忙しく、クリスマスと新年の挨拶を書く余裕がありませんでした。猛暑の中での多忙は、もともと少ない私の思考能力だけではなく体力や気力さえも奪うようです。それとも私の年齢がそうさせているのかもしれません。

年が明けて、ブラジル社会全体が休暇モードに入ってからも、サンパウロの日伯司牧協会から、今年の四旬節の友愛運動の指導書を早急に部分翻訳するようにと依頼があり、やはり超多忙な新年の幕開けとなりました。そんなわけであわただしく言い訳がましい新年の挨拶となりましたが、今年も皆様のご多幸を祈るとともに、私のためにもお祈りをお願いいたします。あわせてご復活へのよい準備と意義ある復活のお祝いを迎えられますようにお祈りいたします。

2008年2月7日、ドゥラードス市にて

Frei Tito Ogawa ofm

人類はアマゾンを食いつぶしています(続)

不法伐採に特赦か。野党が環境相に引責圧力。

アマゾン熱帯雨林に属する農場内の森林を不法伐採した地主に対し、政府が特赦を検討していることを十日付けのエスタード紙が報道し、野党と環境保護団体関係者は十日、政府当局が地主らの圧力に屈したと糾弾した。野党は関係閣僚五人を召喚し説明を求め、シウヴァ環境相の辞任を要求する意向のようだ。

環境省と農務省では恩赦のために、所有地の森林の50%までの伐採を容認しようとしている。不法伐採を合法化し農業融資を受けるためには、残りの50%で森林を復元する必要がある。復元は、成木なのか苗木なのか規定がない。特赦の対象となる不法伐採面積は220.000km2でパラナ州とセルジッペ州を合わせた広さだ。(註1:ちなみに日本の面積は350.000km2です)

すでに伐採した地域の環境破壊は既成事実であり、何をもって罰するのか法整備は曖昧であるというのが環境省の考え方のようだ。

シウヴァ環境相には、本人の尊厳を守るために辞任が好ましいという意見がある。熱帯雨林の保存と不法伐採には、複雑な問題がからんでいる。先の国連環境会議でルーラ大統領は、熱帯雨林保存でブラジルはそれなりの犠牲を払っているから、先進国は代価を払えていって拒絶された。

熱帯雨林の保存努力が国際環境保護団体によって具体的に評価されないなら、不法伐採を咎める理由がどこにあるのかという矛盾がある。不法伐採は国内問題であって、欠陥だらけの国際環境条約とは別の話だと政府は考えているらしい。しかし国際的圧力はかかり続ける。

ニッケイ新聞 2008年2月12日から

アマゾンの環境問題に関心のある方はhttp://www.greenpeace.org/raw/content/brasil/documentos/amazonia/comendo-a-amaz-nia.pdf  をクリックしてください。私が翻訳して転送した「人類はアマゾンを食いつぶしています」の原稿の総基であるグリーンピースによる64ページの調査報告書ですが、半分の34ページがほとんど写真で埋め尽くされています。私の記事を読んでくださった方にとっては、ブラジル語を無視して見ても十分に理解できる内容です。 兄弟小川満

人類はアマゾンを食いつぶしています

12月8日号(「ブラジルの環境問題」全文掲載)

ブラジルが生産する大豆を扱う企業の拡大化について、オランダに本部をおく国際グリンピースが行っていた調査は、欧米の多国籍企業が、アマゾンにおいて実行している森林伐採、土地の不法取得(偽の土地登記証をたてに殺し屋=ガンマンを雇って住民を追い出すことを意味する)、地元の住民たちを奴隷の状態でこき使う現実などの、さらに新しい証拠となるものを公表しました。密林の奥深くに大豆を貯蔵する巨大な貯蔵庫を建設したり、インフラ設備を整備したり、道路を舗装し、違法な農地や禁止されている森林伐採をした農地から大豆を購入し、地元の住民たちを奴隷の状態でこき使ったりして Cargill, ADM(Archer Daniels Midland), Bünge などの多国籍企業がそれらをあおり、アマゾンを大豆畑に変える後押しをしているのです。

概要

アマゾンの密林は地球上においてもっとも森林が豊富でいろんな生物の多様性に富んだ地域です。地球上の哺乳類の10%、植物の15%がそこに生息しています。また、世界でもっとも環境破壊にさらされている地域でもあります。毎年18,000Km2注1もの森林がこのアマゾンから消滅しています。 過去25年間に、南マット・グロッソ州とリオ・デ・ジャネイロ州を足した面積注2の森林が、この地上から消えていきました。 
注1:群馬県6,356 Km2+埼玉県3,799 Km2+千葉県5,104 Km2+東京都2,144 Km2の4都県の面積を足したそれ以上の面積に匹敵します。
注2 日本全土の面積377,000 Km2+オランダの国土面積42,912Km2の二つの国の面積を足したに等しい面積。


近年、ブラジル政府はアマゾンにおける違法な森林伐採と違法な木材取引に対処する重要な法案を採択しましたが、それに平行して新しく強引な森林破壊の脅威がアマゾンに現れました。それは大豆です。 この地方に欧米の巨額の農業融資資金が投入され、アマゾンをこの国の最先端農業地区に変えてしまいました。2004年までに約1,200,000ヘクタール注3の密林が大豆畑に変えられたのです。
注3 120Km2 の面積です

実にブラジル全土から見るとたったの5%にすぎませんが、すでに森林が伐採されて耕地になっている地域もあるのに、Cargillや他の大企業のための新しい舗装道路や大豆の貯蔵庫、港湾設備への融資は、すでに森林伐採された土地を買うよりも手つかずの密林を買って森林伐採するほうがより経済的であるようにしているのです。こうすることがアマゾンを大豆畑にするのにさらに拍車をかけているのです。この拡大主義は密林の伐採にとどまることなく、そこに住む原住民の土地と、先祖からの土地を守って生活している住民たちの土地を大豆畑にするために、また無数の人達をだまして密林を破壊するために強制的に働かせるために、そこに住む住民たちを追い出しているのです。

この大豆の生産をめぐっていろんな事件が派生し注4、さかんに報道されているにもかかわらず、こん日にいたるまで、それらがアマゾンのこの一極独占型の農業が原因であり、その結果であるという分析が一つもなされていないのが現状です。
注4 今年の2月惨殺されたアメリカ人宣教修道女 ドロシーのケースもその一つ。彼女は住民たちの権利とアマゾンの環境保護のために働いていました。

2004年から、オランダに本部のある国際グリンピースが、この地域について、航空機を使って調査し、この地方でその影響を受けた共同体や企業の代表者、そして政治家などと会見し、また衛星写真を分析し、輸出の実態をも調査し、国際市場に大豆を運搬している船舶を監視することで、事実の分析、調査を始めました。2年間続いたこの調査は、アマゾンの大豆や密林の破壊に留まらず、アマゾン産の大豆に絡まるすべての事項に及びました。北米にあるこれらの大企業の本部の密室で開かれた重役会議で決定されたことから始まり、ヨーロッパのスーパー・マーケットの陳列棚にある商品やレストラン、軽食堂の皿に盛られた大豆にまで及びました。それらの大豆は惑星地球の大部分を占める熱帯雨林を破壊して産出されたものだからです。

この調査結果は私たちには前もって予測されたものです。猛烈な勢いで森林を破壊する大企業の本当の姿なのです。また、望むと望まざるとにかかわらず日欧米の消費者達も、アマゾンにおける森林破壊と土地の不法取得(偽の土地登記証をたてに殺し屋=ガンマンを雇って住民を追い出すこと)でそこに住む人々を追い出し、さらに追い出されたその人々を奴隷のようにこき使う北米の大企業とともに、おなじ共同責任を負っているのです。

ブラジル国内だけでなく、国外のたくさんの消費者も、アマゾンのこの大豆の一極独占型の農業形式による破壊の加担者なのです。しかしながら、わたし達が入手した新しい証拠は、くどいようですが、これら欧米の三つの多国籍企業(イリノイ州のDecaturに本部のあるADM、セントルイス州に本部のあるBünge株式会社、ミネソタ州に本部をおく一番悪質なCargill)が農産物貿易の分野で森林破壊の張本人たちであることを示しています。

種子や肥料などから始まって大豆を貯蔵したり輸送したりするのに必要な設備を提供することでこれらの大企業は、あたかも磁石が他の金属をひきつけるように、アマゾン州に他の新しい農産物を導入するのです。これらの企業は大豆の生産を拡大するだけではなく、密林の不法伐採や、耕地の拡大や強制的な奴隷状態での労働を覆い隠すのです。そうすることで、日欧米だけでなくほかの国の消費者たちに破格の超廉価の大豆を提供することができるからです。グリンピースによってもたらされたこれらの証拠は、Cargillやその同盟企業が港湾設備や貯蔵庫、その他のインフラ設備を建設し、禁止された地域の密林の中に道路を整備し、草原を耕地に変えた大農場や不法に森林伐採をした土地で生産された大豆を買いあさり、地元の住民を奴隷の状態で労働させたりして密林の破壊を続けていることを示しています。

これらの大豆の大部分は日欧米に輸出されペットの飼料となったり、Chicken McNuggetsやその他の外資系企業の商品として超廉価で無尽蔵に供給できるように保証されています。

今日、大豆はアマゾンの密林にとって最大の脅威となっています

この調査によって明らかにされた主なことは、以上のべた悪事を知らない他国に市場を拡大するために、この地域に集まったこれらの同盟企業によって収穫、集積された大豆の需要が地球規模に広がっているということと、ブラジル南部の農産物生産にとってかわってアマゾンの大豆が農業の最前線となり、それが森林破壊のもっとも中心的な原因だということです。

ほんの数年前までは、北マット・グロッソ州がブラジルの大豆の主要生産地で、2004年には大豆生産の1/3がこの州から出荷されました。北マット・グロッソ州の面積の半分注5がアマゾンの緑地に属しています。この州は年毎にその名(深い森林)に不相応になってきています。現在の北マット・グロッソ州の大豆畑は1996年と比べるとその2倍に広がっています。この州もまた森林伐採、畑にするための森林火災のチャンピオンであり、2003年のブラジルの全森林消失の半分近く(48%)を消失した張本人だということです。この州の密林の1/3注6が農業の最前線となるべく破壊されました。
注5: 440.500Km2 日本全土の面積377.500Km2にさらにもう一度九州の面積43.071Km2と四国の面積18.792Km2 を足したに等しい面積です。
注6: 北海道 83.500Km2 +九州 43.071Km2 を足したそれ以上の面積。
訳者追伸- 今年になって、日欧米だけでなくアフリカさえも含めた世界中がブラジルとエタノールの取引を し始めました。石油に代わる代替燃料として自動車などに使用するためです。


先日、町で出会った知り合いの日系人と話したとき話題になったのは今収穫を迎えている大豆ではなく、サトウキビでした。皆さんが考える範囲をはるかに越えたものすごい勢いで、ほとんどの酪農業家が農地を、牧草地をサトウキビ畑に変えているそうです。エタノールの輸出を見越してのことです。エタノールは人間の口には入らないのできっと化学肥料や農薬の使い放題になるでしょう。そうなると肥沃土の浅いブラジルの土地はいっぺんに砂漠化してしまうでしょう。それに世界の食糧事情にも甚大な影響を与えることでしょう。

Cargill, ADM, Bünge は汚い商取引で大儲け

アマゾンの大豆に関する欧米の企業によるこれらの侵略でもっとも劇的なのは、これらの多国籍企業が大豆を簡単な商取引で品質も保証された形式で供給し、さらに大豆生産が膨大な利益をもたらすためにそれらの企業は広大な森林を破壊するための手段を提供し、それをあおっていることです。

国際商取引や大豆の審査などは国際間の商品を取り扱う少数の貿易商によってコントロールされています。その商人たちはおおかた大豆に連鎖する他の食品をも支配しているのです。それらの貿易商が ADM であり、Bünge であり、Cargillなのです。

ブラジルにおいて、これらの企業はただの売買をしているのではありません。大豆生産に関するブラジルの総支出の少なく見積もっても60%の費用をこれらの企業が出しているのです。2004年には ブラジル人のファゼンデイロ(大農場主)への農業設備投資として、Bünge だけでも10億ドル相当の融資が行われました。これらの貸付金の代償としてこれらの企業は、大豆の収穫の代わりに種子や肥料を提供し、広大な土地についての不正なコントロールをさせるのです。さらに密林のど真ん中に貯蔵倉庫と搬送設備などのためのインフラ設備を建設してアマゾンのさらに奥深くに大豆の最前線基地を推し進めることを暗にあおっているのです。

大豆街道:他に目的のない道

インフラ設備とくに公共の土地を正式な書類なしに貫通してつくられた舗装道路は、土地の不法取得(偽の土地登記証をたてに殺し屋=ガンマンを雇って住民を追い出す)者や大農場主達の土地所有者に森林破壊するようにあおっているのです。全森林伐採の85%はこの舗装道路の両側50Kmの幅で発生しています。

衝撃的な事実は、北マット・グロッソ州の州都クヤバーと、パラー州の州都サンタレンを結ぶ国道BR-163号に沿ってどこまでも見られます。この国道BR-163号に沿って過去数年間、大豆畑は、2002年の2,400haから2005年の44,000ha以上に拡大しました。三年間で20倍近く拡張されたことになります。この広大な森林破壊はパラー州との州境までの舗装で止まりました。CargillやBüngeも同じくこの舗装道路に沿った農場から大豆を買うのです。最悪なのは、Cargill、ADMとBüngeの三つの企業が連合して、残りの区間の道路舗装のための175,000ドルを拠出することになっています。その道路はCargill によって不法に建設されている穀物搬送用の新しい港湾に通じているのです。

不法につくられた他のもう一つの大豆街道が、北マット・グロッソ州のFeliz Natalの町から出てシングー国立原住民保護公園の西の端までの120Km 地点でポッツリと切れて終わっています。 CargillもまたBüngeも同様に、この「他に目的のない道」のいたるところに、一棟で360トンもの穀類を貯蔵できるサイロをいくつも建設しました。さらに貸付金を容易にし、その地方の森林をすでに伐採してできたあらゆる農場からの大豆の買い付けを約束しています。過去二年間にこの街道に沿って40,000haの土地が開墾され大豆畑となりました。さらにグリンピースは 99,200haの土地がインターネットで売りに出されているのをキャッチしました。報告書はCargillもBüngeも同様にこれらの土地から大豆を買っていることを明らかにしています。

衛星写真などの分析によれば、大豆のための「他に目的のない道」でおこるこれらの衝撃的な事実は、この地域の密林がさらに1,000,000ha註7消失することを報告しています。以上のこれらの統計的な数字は森林破壊の直接的な事実によるものであり、化学肥料とか農薬の影響、大豆生産から派生する人口増加註8などによる間接的な影響による破壊は計り知れないほど大きなものになります。
註7 100Km2の面積
註8 トラクター、耕運機、トラック、燃料、それらの部品などの販売、修理、インフラ整備等の労働者や生活必需品などに関する商業活動関係者、農業従事者等などの人口増加、その他。


大豆のための諸設備

アマゾンの道路や農場に融資するばかりか、これらの北米の農業貿易商は、アマゾンの要所要所に大豆生産を支えるに必要なすべての設備を建設しています。 Cargill, ADM(Archer Daniels Midland),Büngeの三企業だけで23の穀物貯蔵庫とそのインフラ設備、産物を運び出す港など、それらはこの地方にある同じ設備の2/3に相当します。

これら3企業のうちでCargill がアマゾンの環境破壊にもっとも積極的です。この企業はアマゾンの自然環境の中に散らばって建設された彼らの13の穀物貯蔵庫のほかに、アマゾン州のとなり、パラー州のサンタレンを流れる大河パタジョー河に巨大な穀物出荷港を、何の許可もなく違法に建設しました。Cargillは国道163号が貫通したら、このサンタレンの河港から年間2-3百万トンの大豆が輸出できるともくろんでいます。膨大な量の大豆の輸出のために必要な作付面積を増やすことは、必然的にこの地方の森林破壊につながっているのです。この大豆輸出のため、北方に道を開拓しようとするCargillは、地域の住民の反対を強引に押し切り、またブラジルの法律で定められている自然環境に及ぼす影響の調査さえもせず、そのために州都サンレンにある連邦公安局から法的に訴えられることも承知で、20,000,000ドルかけて穀物貯蔵庫を建設しました。

河港が建設中の2003年11月、裁判所は違法の決定をCargillに下しました。その翌月、公安調査委員は最終決定が下されるまで、Cargillに河港建設の即時中止と設備の取り壊しを要求して新たな法廷闘争を開始しました。2004年5月、連邦裁判官はCargillに自然環境への影響を調査することを命じましたが、Cargillはそれを拒否しました。

2006年2月、連邦裁判所は最終的にCargillに、河港周辺に限らずパラー州の西部地区全体におよぶ自然環境への影響を調査することを裁定しましたが、それにもかかわらず現在も工事は続行中です。

土地の不法取得(偽の土地登記証をたてに殺し屋=ガンマンを雇って住民を追い出すこと)と奴隷状態の仕事

大豆生産にかかわる新天地を求める動きは数え切れないほどの土地不法取得を生みだしています。数百万ヘクタールにも及ぶ土地がすでに偽の登記書類、それはほとんど武力でもって獲得したもので大農場主たちのものとされました。この公的な土地の不法占拠による最大の犠牲者は原住民(インヂオ)と昔からその土地や森林を利用して生活していた人たちです。たとえば、北マット・グロッソ州のブラスノルテにあるメンベーカ農場は2003年以来、原住民マノキの土地8,000ヘクタールを大豆畑にするために不法に森林を伐採し、現在も伐採し続けています。CargillもまたBüngeも同様にここブラスノルテに倉庫を建設しメンベーカ農場から大豆を買い付けています。 サンタレンにあるCargillの河港からこの地方の大豆が輸出されています。大豆生産拡大の前衛となるアマゾンのこの現実は、農場や畑、森林における合法的な奴隷労働の憂うべきブラジルの社会構造をも引き起こしています。ブラジルにおける奴隷状態で働く人の公的数字は約8,000から25,000人以上にのぼります。その大部分が北マット・グロッソ州とパラー州に集中しています。高給とまっとうな仕事だとだまされて契約した地元の貧しい住民と近隣の都市近郊からだまされて集められた人たちは遠隔地に連れてゆかれ、そこで借金地獄の状態にされ極悪の環境で働かされるのです。ブラジル官憲の目の届かない、保護できないところに連れて行かれるのです。

ブラジル政府が「奴隷状態での作業の間違いを正す国家憲章」に契約する大企業の努力を支持することでどんなに躍起になっていても、ADM もBünge もCargillもそのキャンペーンにはけっして賛同しませんでした。

1998年から2004年にかけて、政府の官憲は北マット・グロッソ州のクェレンシアにあるロンカドール農場において奴隷状態で働かされていた215名の労働者を解放しました。そこは森林伐採が合法的に許されている面積の二倍以上にもなる149,000ヘクタールの非合法な土地でした。そこでは一日16時間、一週間一日の休みもなく働き、労働者はベッドもシャワーもない、プラスチックのおおいで囲われたバラックの中で生活することを余儀なくされていました。料理やシャワー、そして飲料に使う水は牛たちが飲む水溜から引かれたもので、ディーゼル油や耕作機械の部品を洗浄するのに使う油を保存する酒樽に貯められていました。農場を去ることのできない労働者は法外な値段で農場が売る食物を買わなければならず、それが負債となって政府関係者がそこに現れるまで奴隷の状態で働かされていたのです。農場の持ち主たちが訴えられているにもかかわらずロンカドール農場では出荷するための大豆が植え続けられています。CargillもBüngeもクェレンシアで同じように仕事を続け、Büngeは2005年にその地方の出荷を登録しました。

Cargillは、2002年6月に北マット・グロッソ州にあるヴォー・ジェルシー農場が動産管理グループの奴隷労働禁止の査察を受けたとき、そこから大豆を買っていました。そのとき管理グループは大豆畑を作るために奴隷状態の労働者たちがその地区の森林を伐採しているのを発見しましたが、Cargillはその後も、少なくとも9ヶ月もの間この農場から大豆を買い続けました。

Büngeも、 政府の官憲がトゥピー・バラーォ農場で強制的に保留されていた69人の労働者たちを解放した16ヶ月後、2003年2月に、この農場から大豆を買い付けました。この農場は摘発されてからも、奴隷労働と違法就労の実施などの理由で、政府のブラック・リストに載り続けています。CargillもADM もまた同様に、2005年6月に連邦係官が263名の奴隷労働者を発見した北マット・グロッソ州のヴァーレ・ド・リオ・ヴェルディ農場から大豆を買い付けていました。

アマゾンにおけるこれら北米の企業が実行している森林破壊や地区共同体の追放、奴隷労働の最大の悪役はCargillです。政府の査察によってはっきりしたことは、これら悪役3者が行っていたことはブラジル産大豆の下劣な工業化だけではなかったのです。

国境を越えた利益:北米農場主達への影響

Cargillのこの破廉恥な事業は反面皮肉な面もあります。実際に、莫大な財産と帝国を築き上げたCargillを北米の最大の個人企業のひとつとさせたブラジル産大豆が、北米の農場主たちと競合するようになったのです。長い間、世界の大豆市場では北米によってその大半が供給されていました。80年代の初めは全世界の大豆輸出の90%以上が北米のものでした。しかし、90年代の終わりごろ、大豆取引における北米の支配は凋落を見せ始めます。それと時を同じくして、ラテン・アメリカにおける大豆生産の発展のためのCargillやその他の企業努力が実を結び始めます。

2003年には北米の取引が40%にまで下落しました。ブラジルとアルゼンチンの大豆の総合輸出量がはじめて北米の輸出量を越えた瞬間でした。でも2004年まで単独国では北米が最大輸出国でした。それは、大豆と大豆粉の総重量が36,300,000トンでしたが、第2位のブラジルのそれは35,100,000トンであり1,000,000トンだけの差でした。その差は後に続く4年間だけのものでした。ラテン・アメリカにおける大豆生産の顕著な成長はまた、北米の農場主たちへの脅威でもありました。それはまた同時にたくさんのブラジル人の大豆の小生産者が大豆を捨てて、より利益のあがる作物へと転作させるものでした。 そしてもっと皮肉なことに、Cargillの保護と契約のもとでアマゾンに大豆を植えるために、ブラジル南部の農場主たちが募集、召集されているのです。

結論と提訴

大豆の劇的な生産拡大はまたアマゾンの将来に深刻な大きな脅威となっています。大豆のにわか景気は森林の破壊にとどまらず、原住民(インヂオ)や昔からの住民たちの共同体を破壊しています。彼らは自分たちの土地を膨大な大豆の生産のために手放さなければならず、貧しい住民たちは不法な森林伐採のために奴隷として働かされるためにアマゾンの奥深く遠隔地につれてゆかれ、この地域に住む住民たちの土地や飲料水などは、一極独占型の大豆生産による極度に集中して使用する農薬によって汚染されています。アマゾンの大豆は責任ある形で生産されたのではなく、その大部分は違法な方法で、大豆の商取引、21世紀の多角貿易(三角貿易)をコントロールしているあの3企業だけが利益を独占する形で生産されています。大豆取引市場は改革されなければなりません。

ð 食用やペット・フードなどの商取引に関係している企業は自社の生産品はアマゾンの大豆を使用していない
ことを保障すべきです。政治的には早急に、自然環境に対しては責任ある、また社会的には正当な大豆の
出所を保障すべきです。それはまた、生産物に含まれる含有物の出所や生産された環境、その生産による影響などを検証・追及するシステムの確立をも含みます。
ð  Cargill, ADM(Archer Daniels Midland),Büngeの三企業を含めた大豆の大貿易商社たちはアマゾンの自然環境で生産された大豆の購入を今すぐ中止すべきです。
ð  Cargill, ADM(Archer Daniels Midland),Büngeの三企業は「奴隷状態での作業の間違いを正す国家憲章」に同意すべきです。そして大豆についての合法な出所を保障する一連の保護策を約束すべきです。  (それは、不法な森林伐採された農場ではなく、法的に正当な登記がなされた農場で生産されたこと、奴隷労働で生産されていないことなどを含む)
ð Cargillはサンタレンに違法に建設した穀物出荷港の全設備を閉鎖すべきである。

(完)

訳者注: 
* クェレンシアは私たちの準管区(南北マット・グロッソ管区)が昨年からミッションを受け持った地区で 解放の神学者たちがその神学の揺籃期を過ごし、解放の神学をうちたてた地区です。

* サンタレンは、フレイ・アレイシオ神父様とともに、私たちの日伯司牧者協会を創立してくれた
リノ司教が治める教区で、昨年〔2006年〕10月、リノ司教はこれらならず者企業たちに対し、教会の立場をはっきりと宣言し、彼らに対して現状を改善するようにとマスコミを通じて要求なさいました。

2007年10月4日号

ブラジルの環境問題(2)

土地の不法取得と奴隷状態の仕事


 大豆生産にかかわる新天地を求める動きは数え切れないほどの土地不法取得を生みだしています。数百万ヘクタールにも及ぶ土地(偽の登記書類や武力で獲得したもの)が大農場主たちのものとされました。

この公的な土地の不法占拠による最大の犠牲者は原住民(インヂオ)と昔からその土地や森林を利用して生活していた人たちです。たとえば、北マット・グロッソ州のブラスノルテにあるメンベーカ農場は2003年以来、原住民マノキの土地8,000ヘクタールを大豆畑にするために不法に森林を伐採し続けています。

ブラジルにおける奴隷状態で働く人の公的数字は約8,000から25,000人以上にのぼり、その大部分が北マット・グロッソ州とパラー州に集中しています。地元の貧しい住民と近隣の都市近郊からだまされて集められた人たちは遠隔地に連れてゆかれ、そこで借金地獄の状態にされ極悪の環境で働かされるのです。ブラジル官憲の目の届かない、保護できないところに連れて行かれるのです。

そこでは一日16時間、一週間一日の休みもなく働き、ベッドもシャワーもない、プラスチックのおおいで囲われたバラックの中で生活することを余儀なくされていました。料理やシャワー、そして飲料に使う水は牛たちが飲む水溜から引かれたもので、ディーゼル油や耕作機械の部品を洗浄するのに使う油を保存する酒樽に貯められていました。

農場を去ることのできない労働者は法外な値段で農場が売る食物を買わなければならず、それが負債となって政府関係者が現れるまで 奴隷の状態で働かされていたのです。

2007年8月29日号

ブラジルの環境問題(1)

兄弟小川は、過去に何度かブラジル・アマゾン周辺の深刻な環境問題について便りを送ってくれています。最近送られてきたものを何回かに分けて掲載します。

【大豆のための諸設備】
北米の農業貿易商は、アマゾンの道路や農場に融資するばかりか、これらのアマゾンの要所要所に大豆生産を支えるに必要な全ての設備を建設しています。 

Cargill, ADM(Archer Daniels Midland),Bungeの三企業だけで23の穀物貯蔵庫とそのインフラ設備、産物を運び出す港など、それらはこの地方にある同じ設備の2/3に相当します。

これら3企業のうちでCargill がアマゾンの環境破壊にもっとも積極的です。この企業はアマゾンの自然環境の中に散らばって建設された彼らの13の穀物貯蔵庫のほかに、アマゾン州のとなり、パラー州のサンタレンを流れる大河パタジョー河に巨大な穀物出荷港を、何の許可もなく違法に建設しました。

Cargillは国道163号が貫通したら、このサンタレンの河港から年間2-3百万トンの大豆が輸出できるともくろんでいます。膨大な量の大豆の輸出のために必要な作付面積を増やすことは、必然  
的にこの地方の森林破壊につながっているのです。

大豆輸出のため、北方に道を開拓しようとするCargillは、地域の住民の反対を強引に押し切り、またブラジルの法律で定められている自然環境に及ぼす影響の調査さえもせず、そのために州都サンレンにある連邦公安局から法的に訴えられることも承知で、20,000,000ドルかけて穀物貯蔵庫を建設しました。

河港が建設中の2003年11月、裁判所は違法の決定をCargillに下しました。その翌月、公安調査委員は最終決定が下されるまで、Cargillに河港建設の即時中止と設備の取り壊しを要求して新たな法廷闘争を開始しました。2004年5月、連邦裁判官はCargillに自然環境への影響を調査することを命じましたが、Cargillはそれを拒否しました。

2006年2月、連邦裁判所は最終的にCargillに、河港周辺に限らずパラー州の西部地区全体に及ぶ自然環境への影響を調査することを裁定しましたが、それにもかかわらず現在も工事は続行中です。

2007年7月号

聖アントニオの信心

 ここブラジルでも聖アントニオは『失せもの』、『探し物』の名人です。でも、もうひとつ大きな奇跡を行う聖人としても崇められています。それは『恋人探し』、『縁結び』の聖人として、若い女性達、少女達、はたまた婚期を逸しかけている女性達の熱い篤い(あついあつい)眼差しを受けています。

聖アントニオの信心は、ブラジルでは毎週火曜日です。週日にもかかわらず、早朝のミサにも夕方のミサにも信者達が、とくに若い人達(綺麗な女性達が多い)、若い夫婦(聖人の取次ぎで結ばれたのかも)、 年頃の娘さんや孫達を持つ夫婦や老人達、全ての年代の人達300人、400 人程が毎週火曜日、日曜日を思わせる人達がミサに来ます。若い人達の足を教会に向けさせるのに一役買っています。

こんなことを書くと、霊的な事を大切にしている人達に不謹慎だとか不純だとか言われそうです。また、人生にとって大切なことは霊性、精神性であり、教会は男女の交際のためにあるのではないと、お叱りを受けるような気がします。でも、全世界で、結婚しなければならない男女がどれほどいることでしょう。そんな若者たちをひきつけるのに、我等が聖アントニオが一役も二役も、いや幾万役、幾億役も担っていることに、同じフランシスコ会員として私は誇りに思うし、鼻高々です。我等が聖アントニオ、万歳!日本の教会もお堅いことを言わずに一般庶民の生活に足をつけ、そこに根を張り、聖アントニオにお願いしてみてはいかがでしょうか。

 ブラジル人は聖アントニオに願をかけても聴いてもらえなかった時には、特に恋愛問題がうまく解決できない時には、洗面器に水を満たし、聖アントニオのご像を逆さまにして、頭を水につけて脅かすのだそうです。同僚の助祭にそのことを話したら、昔、ブラジル人は取次ぎを願って聴きいれられない時は、聖アントニオのご像をひもで縛って、井戸のそこにつるして聖人を脅していたのだそうです。

 こんな話を聞いていると、聖アントニオがどんなに民衆の心の中にしみこんでいるかが理解できますが、ブラジル人がこんなにも聖アントニオをいじめていることは露知らず、私もこちらに来てから時どき聖人を脅していました。「私の願いを聞いていただけないのなら、毎週火曜日の聖人の信心を、ここの小教区から来週にでも打ち切る覚悟でいますよ。」と。すると、火曜日の朝のミサの前、直前になって、私の願いが聴きいれられたことが何度かありましたが、私たちの聖人がこんなにもブラジル人にいじめられているのなら、せめて私だけでもいじめるのをやめようと決心している今日この頃です。

2007年5月号

ブラジルからの便り

先週、銀行で久しぶりに出会った日系人の酪農家は、 現在は南北マット・グロッソ州もアマゾン州も大豆畑や牧草地帯をものすごい勢いでサトウキビ畑に切り替えているそうです。もちろん、日本も含めて世界中が石油の代替燃料としてエタノールをブラジルから輸入する取引をしているからです。

「人類はアマゾンを食いつぶしている」のではなく「火を放って燃やし尽くしている」のではないでしょうか。サトウキビの栽培は莫大な科学肥料と農薬が使われます。人間の口に入る食べ物ではないので、おそらく農薬や化学肥料遣い放題になるのではないでしょうか。そうなると、肥沃土の浅い(1mの深さも無い)アマゾンの土地はひとたまりもありません。皆さん、地球上の石油だけでなく、アルコール燃料も無駄に使わないようにしましょう。